運動生理学(Exercise Physiology)は、人間や動物が運動することによって生じる生理学的な変化や適応に焦点を当てた科学の分野です。この分野では、運動が身体の機能に及ぼす影響や、身体がそれにどのように適応するかについて研究されます。陸上競技の運動生理学では、短距離走を中心に、基本的な内容についてまとめていきます。
人は、運動に限らず、生きていくためには、エネルギーを作り、使う必要があります。このエネルギーをATP(アデノシン三リン酸)といいます。ATPの多くは、体内のミトコンドリアという所で、糖質や脂質を分解して作られています。ATPが不足すると、運動を続けることができなくなるため、ATPをたくさん作り出せる能力が重要になります。
ATPを作る方法は、大きく分けて3つあります。
➀クレアチンリン酸の分解
②糖質の分解
③脂質の分解
➀は、体内に貯蔵されている、クレアチンリン酸を分解するだけで、ATPを作り出せます。大きな力を出すときにメインで働きますが、これだけでは、7秒ほどの運動が限界だとされています。しかし、実際には、酸素を取り入れることで、クレアチンリン酸を再合成できるため、クレアチンリン酸だけでも、15秒~20秒ほどの運動が可能です。全力疾走をする場合、おおよそ150mほどが適切な距離だと言えるかもしれません。しかし、クレアチンリン酸の貯蔵量や酸素を取り入れる能力は、人それぞれなため、適切な距離設定に違いは出てきます。また、クレアチンリン酸の回復には、運動を止めた状態で、2分ほどかかります。それ以上短いレスト時間だと、大きな出力を出すことは、難しくなります。貯蔵量を増やすために、食事(豚肉や牛肉)やサプリメント摂取という手段が考えられます。
②は、糖(炭水化物)の分解だけで、30秒ほどの運動が可能とされます。クレアチンリン酸ほどではありませんが、比較的大きな力を発揮できます。理論上、無酸素でも、糖+クレアチンリン酸で37秒ほどの全力運動ができるとされています。
また、糖は分解する過程で、酸素を使うことで、より多くのATPを作り出すことができます。糖が分解されると、乳酸がつくられます。よく、乳酸がたまって動かなくなるといわれていますが、実際には、ATPが足りなくなるからであり、乳酸は、酸素を使って筋肉のエネルギーとして再利用されます。
糖の貯蔵量を増やすことは、トレーニングの目的の1つになります。アスリートの場合は、1日の食事で、体重(㎏)×6gの糖質が目安だと言われています。筋肉の量が増えると、貯蔵できる量が増えていきます。糖とクレアチンリン酸の貯蔵が不十分だと、速筋(短距離走等、大きな力を出す筋肉)が使えず、トレーニング効果は下がることになります。
③の脂質の分解は、酸素を利用して行われます。脂質の貯蔵量は、圧倒的に多いのですが、速度が遅いという特徴があります。短距離種目では、ほとんど使えませんが、体内でホルモンをつくったり、重要な働きをしています。
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